東京地方裁判所 平成2年(ヨ)3632号 決定 1990年9月11日
債権者
石角完爾
同
春日芳彦
同
春日一彦
同
土筆産業株式会社
右代表者代表取締役
古澤英三
右四名訴訟代理人弁護士
山嵜進
債務者
伊豆急行株式会社
右代表者代表取締役
松尾英男
債務者
東急建設株式会社
右代表者代表取締役
五島哲
右両名訴訟代理人弁護士
齋藤晴太郎
同
花岡隆治
主文
一 本件申請をいずれも却下する。
二 申請費用は、債権者らの負担とする。
理由
一申立て
1 債務者らは、別紙物件目録記載一の土地上に、海抜177.60メートルを超えて建物の建築工事をしてはならない。
2 債務者らは、右土地上に建築中の同目録記載二の建物につき、高さ12.68メートルを超える建物部分の建築工事を中止し、これを続行してはならない。
二事案の概要
1 争いのない事実
(一) 債権者らは、債務者伊豆急行株式会社(以下「債務者伊豆急」という。)が静岡県伊東市に建築し分譲したリゾートマンション「リゾート一二九・伊豆高原Ⅱ」(以下「本件マンション」という。)の二階部分の区分所有者である。
(二) 本件マンションは、北西方向に大室山を、東から南西方向にかけて相模灘の海浜を望む風光明媚な高台の別荘地帯にあり、本件マンションの地盤面が海抜約178.5メートルで、南に隣接する別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)を含めてなだらかな斜面が海まで続いている。債権者らは、本件マンション二階の各専有部分から、南から南東方向に相模灘と海浜までのなだらかな緑の斜面の眺望を、南から南西方向に浮山温泉郷付近のなだらかな斜面が相模灘へと落ち込む緑の半島部分の眺望を享受している。
(三) 債務者伊豆急は、本件土地を所有しているが、ここに別紙物件目録記載二の建物(以下「本件保養所」という。)を建築し、これを本件土地とともに富士通厚生年金基金に売却する計画を立て、平成二年三月五日建築確認を得、債務者東急建設株式会社に請け負わせて、現在、本件保養所を建築中である。
2 争点
本件の争点は、債権者らが債務者伊豆急に対し本件マンションからの眺望の保持を求める契約上の権利を有するか否か、本件保養所の建築による眺望の阻害が受忍限度を超えるものであるか否かである。
三当裁判所の判断
1 眺望保持を求める契約上の権利について
本件マンションは、風光明媚な別荘地帯に建てられた優れた眺望を有するリゾートマンションであり、疎明資料によれば、債務者伊豆急は、本件マンションを分譲するに当たり、本件マンションが優れた眺望を有することを宣伝し、営業担当社員も眺望に力点を置いて顧客に対する説明を行っていたこと、本件マンションには区分所有者らが優れた眺望を享受できるように種々の工夫が施されていることが一応認められる。
しかしながら、右事実があるからといって、直ちに債務者伊豆急が本件マンションを分譲するに当たり購入者に対し分譲当時の眺望を確保することを売買契約上約束していたということはできず、債権者らが債務者伊豆急に対し本件マンションからの眺望の保持を求める契約上の権利を有するという債権者らの主張については、そのような契約上の権利を理由付ける事実について疎明がないというべきである。
2 眺望阻害が受忍限度を超えるか否かについて
(一) 疎明資料によれば、次の各事実を一応認めることができる。
(1) 本件土地は、富士箱根伊豆国立公園第二種特別地域にあり、宅地造成等規制法による規制区域内で、都市計画法上は都市計画区域内未線引区域で用途地域の指定はなく、自然公園法の規制により、建ぺい率二〇パーセント以下、容積率四〇パーセント以下、建物の高さ一三メートル以下に制限された区域であるところ、本件保養所の建築は、右各規制に合致した適法なものであること(争いのない事実)。
(2) 本件保養所は、鉄筋コンクリート造四階建、高さ12.98メートル、建築面積1541.3平方メートルの建物であるが、本件土地は本件マンションから見て前下がりの傾斜地であり、また、地盤を掘り下げて建築工事が行われているため、本件保養所の最高部は、海抜約177.9メートルとなって、本件マンションの地盤面(海抜約178.5メートル)よりも約六〇センチメートル低くなること。
(3) 本件保養所は、右のとおりの傾斜地を利用した設計となっているほか、四階部分が屋根裏部屋となっているため、本件マンション側から見た場合、本件保養所のうち三階部分の壁面と屋根のみが見える状態になること。
(4) 本件保養所が完成すると、債権者らが所有する本件マンションの二階部分から見た場合、本件保養所の屋根の上部が海岸線すれすれ、あるいは一部海岸線を切るような形でせり上がり、本件マンションから南の海浜までの緑の斜面の相当部分が遮られるが、相模灘や浮山温泉郷付近の斜面が相模灘へと落ち込む緑の半島部分などの遠望には影響がなく、債権者らの享受している眺望全体からみると、本件保養所の建築による眺望の阻害は重大なものではないこと。
(5) 債務者らは、平成二年三月、本件マンションからの眺望の阻害を減ずるため、当初の計画よりも五〇センチメートル深く地盤を掘り下げるよう本件保養所の建築計画の変更を行ったこと。
(二) そこで、検討するに、右のとおり、本件保養所は、建物の高さなどについて厳しい規制のある国立公園第二種特別地域において適法に建築されたものであり、本件保養所の建築による眺望の阻害は、債権者らの享受している眺望全体からみると重大なものということはできず、また、債務者らにおいて債権者らの眺望の阻害を減ずる努力をしたことを考え、かつ、眺望は、騒音や日照、採光等と比べると、これらほどには社会生活上切実な利益ではないことに照らすと、債務者伊豆急が本件マンションを分譲し、分譲に当たっては本件マンションが優れた眺望を有することを宣伝していたことなどを斟酌したとしても、本件保養所の建築による債権者らの眺望の阻害は、受忍限度を超えるものということはできない。
3 よって、本件申請は、被保全権利について疎明がなく、保証を立てさせて疎明に代えることは相当でないから、いずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官増田稔)
別紙<省略>